1976年 島根県松江市出身
私は長い間、
「自分とは何者で、何をしたい人なのだろう」
という問いを抱えながら生きてきました。
高校を卒業し社会へ出る頃の私には、
「人と接する仕事がしたい」
という衝動だけがありました。
その後、地元のIT企業へ入社し、
コピー機や複合機などを保守する
フィールドエンジニアとして、約25年間働きました。
その中で、のべ数万人を超えるお客様と接してきました。
機械の故障が頻発する現場では、
厳しい叱責を受けることもありました。
一方で、時間外の対応などに対して、
温かい言葉をいただくこともありました。
そうした様々な現場の中で、
私は「人」の持つ、あらゆる側面に触れながら歩んできました。
フィールドエンジニア業務と並行して、
広報企画、グラフィックデザイン、
社内教育など、
「伝えること」に関わる仕事にも携わってきました。
おかげさまで仕事にも恵まれ、
忙しくも充実した日々を送っていました。
しかしその一方で、
「何をしていても満たされない自分」
「自分は、本当は何がしたいのか」
そんな気持ちを、心のどこかで感じ続けていました。
そんなある日、私は交通事故に遭います。
車にはねられ、左脚には障害が残りました。
それまでの私は、身体の丈夫さやタフさには自信がありました。
しかし、事故によってそれを失いました。
私にとって、それは大きな挫折でした。
そんな時、私を支えてくれたのが心理学でした。
「出来事をどう捉えるのか」
「どう生きるのか」
その後の人生に繋がる、大きなヒントを与えてくれました。
多くの方に支えられ、治療やリハビリの甲斐もあって、
私は杖なしで歩けるまでに回復しました。
その後、長年勤めた会社を退職し、
心理カウンセラーとして独立、起業しました。
悩みを抱えた方や、生きづらさを感じている方に寄り添いながら、
カウンセリング活動を行いました。
また同時に、私自身が長年抱えてきた
「自分は何者で、何をしたい人なのか」
という問いを形にした、
「title」という対話セッションも始めました。
おかげさまで、
セッションを受けてくださった方々から
大変ご好評をいただきました。
しかし現実的な収入面での課題から、
私は再び、再就職という道を選ぶことになります。
大阪へ渡り、再びフィールドエンジニアとして働き始めました。
しかしその後、鬱を発症します。
父の癌が見つかったのも、ちょうどその頃でした。
父は私が島根へ戻ってから約一年後、この世を去りました。
父を助けることが出来なかった自分。
鬱のきっかけとなった人間関係。
そして、そんな人生を歩んできた自分自身。
人生で最も深い底にいました。
そんなある日、友人に誘われ、
淡路島で2日間の瞑想と
イメージトレーニングのコースに参加しました。
瞑想を通じて、
それまで抱えていた重さが
静かに落ちていく感覚がありました。
事故も、鬱も、父の死も。
あの経験があったから、
今ここにいる。
そんなふうに感じられるようにも
なっていきました。
父の死後、私は島根で生きていくことを決めました。
農業を継承し、地域活動を始め、神社の総代長も拝命しました。
そして数年間という時間をかけながら、
自分自身の人生を振り返りました。
私は、何を大切にして生きてきたのか。
何に情熱を感じてきたのか。
何を得意として生きてきたのか。
そして辿り着きました。
私は、光を作る人ではなく、
光を拾い、灯す人なのだと。
あなたの中に既にある光を、
一緒に見つけにいく。
それが私の役割だと思っています。
こうして誕生したのが、
Natural Titleです。
誰かに定義されるのではなく、
自分自身が、自分を受け取る。
Natural Titleは、そのための対話です。